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東北地域知財戦略本部
Tohoku Intellectual Property Strategic Program Promotion Network
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☆知的財産を活用している、さまざなな事例を東北地域を中心に紹介します。☆
イノベーションを促進するためには、企業において戦略的な知的財産の管理・活用が行われることが重要です。
色の濃い行は「知財で元気な 企業2007」(平成19年4月特許庁)に掲載された 企業の内、東北地域の企業です。
地域団体商標制度とは? 地域の名称及び商品(役務)の名称等からなる商標について、一定の範囲で周知となった場合には、事業協同組合等の団体による地域団体商標の登録を認める制度です。 平成24年1月24日時点で、東北地域では29件の団体商標登録が登録査定されており、これらを以下に紹介します。
近年、地域の事業者が一体となって、当該地域の自然や歴史といった要素に起因した特色を有する商品を生産し、その地域の産品であることを表すために地名と商品名を組み合わせた名称を用いて他地域との差別化を図る地域ブランドの取組が各地で活発になっています。
具体的には、地域団体商標の登録に際して、主体が要件に適合しているか(事業協同組合、農業協同組合等)、周知性の要件を満たしているか(商標が使用された結果、出願人の業務に係る商品又は役務を表示するものとして一定の範囲の需要者に認識されるに至ったか)、商標中に用いられる地域名と商品又は役務が密接な関連性を有しているか(商標中の地名が商品の産地、原材料の産地であるか)といった点について審査を行い、地域の事業者が一体となって取り組む地域ブランドの保護を図ることとしています。
◇「地域団体商標2011」発刊について◇
地域ブランドの保護・振興のため平成18年4月に導入した「地域団体商標制度」は5年目を迎え、昨年から登録件数が22件増え過去最多の478件となりました。そのうち東北地域内においては、「置賜紬」が新たに登録され、計28件が登録となっております。 詳しくは、特許庁のHPをご覧ください。
◇中小企業の知財戦略構築を支援するマニュアルの公表について◇ ◇知財戦略事例集◇
「戦略的な知的財産管理に向けて〜技術経営力を高めるためには〜<知財戦略事例集>」は、
各企業が自社に最適な知的財産戦略を構築し、それを具体的に実行するにあたり考慮すべき観点や留意点を示すことを目的とした事例集です。 ◇産業財産権の活用企業紹介◇ 特許庁ホームページに掲載の「産業財産権の活用企業百選」は、自社で開発した技術を戦略的に権利化し、的確に活用している企業や、極めて効率的に特許を取得するとともに海外にも積極的に特許出願している企業、意匠権や商標権によりデザインやブランドを戦略的に活用している企業などを掲載しております。 ◇元気なモノ作り中小企業300社◇ 中小企業庁のホームページに掲載されている「元気なモノ作り中小企業300社」は、全国の元気なモノ作り中小企業を300社選定しとりまとめたものです。その中で東北地方からは22社が紹介されています。 詳しくは<東北地方の元気なモノ作り中小企業>をご覧下さい。 ◇特許流通成功事例集◇ (独)工業所有権情報・研修館のホームページにある「特許流通成功事例集」は、2005年8月末現在、6,064件の成約案件の中で、内容紹介の承諾が得られた169件について紹介しています。 詳しくは<特許流通成功事例集>をご覧下さい。 ◇開放特許活用事例集◇ (独)工業所有権情報・研修館のホームページに掲載の「開放特許活用例集」は、特許流通データベースに登録されている開放特許の中から製品化可能性の高い案件を選定し、これら有用な開放特許の有効活用を目的としたビジネスアイデア集です。 詳しくは<開放特許活用事例集>をご覧下さい。 ◇知恵の輪ニッポン◇
(独)工業所有権情報・研修館のホームページに掲載の「知恵の輪ニッポン」は、2006年10月から12月にわたり、30分番組として、BSフジ、TV神奈川、TV埼玉、千葉TV、TV新広島で放送されたものです。 詳しくは<知恵の輪ニッポン>
小売等役務商標制度とは?
小売等役務商標制度とは、小売業者又は卸売業者(以下「小売業者等」と表します。)が店舗の看板、店員の制服、ショッピングカート等に使用する商標を定め、小売業者等が使用する商標をサービスマーク(役務商標)として保護する制度であり、既に、欧米をはじめとした多くの国々で採用されている制度です。 小売等役務商標制度について、詳しく知りたい方は また、以下の窓口においても「特別相談窓口」を設けておりますのでご利用下さい。
現在、知的財産の創造・保護・活用で失敗した貴重な事例を募集中です。 詳しくは事務局までご一報下さい。(電話、FAX、メール、郵便等いづれでも可) 知的財産戦略の失敗事例とし、知財戦略事例集から十数例引用掲載します。
この事例集には、国内外企業150社(欧米企業20社含む)へのヒヤリングから得られた約600の事例(うち約100の失敗事例)を掲載しています。 ◆事例[5]知財部の声は届かずシェア一位から転落、そして再起へ◆
当社は、ある事業で業界初の製品により市場をリードしていた。そのころ、知的財産部ではその製品のある技術課題に気づき、この課題を克服できれば付加価値が高まるので研究開発を行うべきであることを提案していた。しかし、その声は事業部には届かず、むしろ事業部は生産コスト削減に関する技術開発や営業力強化に注力していた。その間に、当社を追随する競合2社が相次いで、その技術課題を克服した機構を開発した。 ◆事例[14]開発方針の決定に知財部が関与しなかったことによる失敗◆ 研究開発について、事業部門で独自に開発の方向性を決定し、開発を進めていった。ところが、他社特許に関する検討がおろそかになっていたため、開発が完成に近づいた段階で、当該開発技術について他社が特許権を取得していることが判明した。結局、自社でも独自開発したにもかかわらず、その他社にライセンス料を支払いながら事業を進めることになった。 ◆事例[20]知財部員の受け身の姿勢が招いた危機◆
ある開発テーマについて、開発を開始した直後に知的財産部の担当者が、偶然に他社の重要特許の存在に気づいたために、開発の方向性を修正して、この特許を回避できたことがある。この開発テーマは、知的財産部が関与せずに開発方針が決定されたテーマであった。仮に、他社特許に気づかずに開発を続けていたとすれば、多額の損失を出していただろう。 ◆事例[31]ライセンスインを選択せずに、設計変更を目指して失敗◆
自社で開発したある技術について製品化を目指した開発の方向性を検討しているときに、他社特許の分析結果に基づき知的財産部から設計変更を提案したが、これが失敗した事例がある。つまり、この設計変更が予想外に時間を要してしまい、製品化に至る前に技術が陳腐化してしまった。結果として、事業として成果を生むことができなかった上に、設計変更のための開発費は完全に無駄になった。 ◆事例[37]技術供与で予想以上にキャッチアップされ苦境に◆
当社は、従来からアライアンスなどを含めて米国企業に技術供与を行ってきた。そうした米国企業は目先の事業を成功させることに注力し、必要以上には技術を吸収しようとしない傾向にあった。そのため、いくら技術供与しても当社の技術力まで追いついてくることはないと思っていた。 ◆事例[73]発明発掘を怠り失敗◆
当社のある製品事業は、シェア100%の独占状況が続いていた。ところが、ある企業が、その製品の画期的な新製法を開発し特許出願しつつ新規参入してきた。当社も慌てて、その新製法の改良技術を開発してクロスライセンスを持ちかけたが、基本特許を取得されてしまっており、ライセンス交渉も不利な立場を強いられることになった。そして、クロスライセンスを締結できた段階でシェアを10%奪われ、今後、もっとシェアを奪われる危険性がある。 ◆事例[85]侵害訴訟で学んだ特許の重要性◆ 当社は、中小企業であり、特許出願を積極的に行っていなかった。しかし、数年前の訴訟経験で苦しい経験をする一方で、特許の価値を学んだ。それ以来、自社で発明が創造された場合には、その発明を申し出る仕組みを作り、特許出願を積極的にするようになった。 ◆事例[138]競合他社と無駄な出願競争の末◆ 過去には、製造方法等でノウハウとしておくべきだったかもしれない特許出願が相当の数ある。例えば、国内の競合会社との間で、ある化学系の事業に関するノウハウを競うように特許出願してしまったことがある。お互いその分野で世界的に技術および事業優位性を目指していたために多少無理して特許出願を続けてしまった。該当ノウハウに係る技術は、侵害発見が困難である一方で、公開特許公報を見れば簡単に技術的に追いつけるものもあった。この一連の技術をノウハウとして秘匿していれば、その競合会社も含めて世界でより優位な事業展開をできた可能性があると考えている。なお、現在はその競合会社との間で、なんとなく特許出願かノウハウ秘匿かの分岐点みたいなものをお互い理解しており、技術の無駄な垂れ流し競争は終了している。 ◆事例[148]当社の製造ノウハウが装置メーカーから流出◆ ある製品を製造するための装置を、当社の独自仕様で装置メーカーに作らせていたところ、いつの間にか、その装置メーカーが、その独自仕様を標準仕様として韓国や台湾の企業に輸出してしまっていた。これにより、韓国や台湾の企業も当社と同様の製品を作れるようになってしまった。 ◆事例[150]出入り業者から技術流出◆ 工場内設備をノウハウと考えて特許出願しなかったところ、出入業者である機械メーカーに、工場内にある機械と同様の機械を製造・販売されてしまったことがある。 ◆事例[167]失敗を教訓に、技術レベルの低い発明も海外特許出願◆
従来は、技術的なレベルの高い発明のみを海外へも特許出願してきた。しかし、アジア圏では、技術レベルの高い発明が模倣されるのではなく、形状や構造などの視覚的にすぐ理解できるような発明が模倣される傾向にある。事実、中国において当社の製品と
同様の形状や行動を有する模倣品が出回ったときに、その形状や構造についての特許権を有していなかったので、効率的に対処することができなかった。 ◆事例[205]海外特許出願しなかった発明が大化けした失敗◆ 当社は世界的にも有名になった発明がある。しかし、この発明を特許出願した当時は、あまりにも先駆的な発明であったために、技術者も知的財産部も「大化け」するような発明だとは思ってもみなかった。素晴らしい技術だと評価していただいた大学の先生もおられたが、結局、日本のみで特許を取得した。海外にも特許出願していれば、世界市場を独占するか、世界の主要メーカーからライセンス料を獲得するなど、事業展開が図れたかも知れない。 ◆事例[206]米国に特許出願しなかったために米国進出を果たせなかった失敗◆ 当社は、ある被覆技術の開発に成功したが、その当時は海外特許出願の意識が薄かったために、国内のみで権利化し、海外には特許出願しなかった。しばらくたって、その技術を使った商品の需要が高まり、その生産事業が成功すると共に、国内企業約10社とライセンス契約に成功し、ライセンス収入も相当に入った。しかし、その1年後には、海外企業が関連技術の米国特許を取得し始め、当社は、この事業の米国進出を果たすことができなかった。この苦い経験以降、米国には特許出願することが多くなった。 ◆事例[207]海外特許出願しなかったアイディア発明が世界標準になった失敗◆ 日々の作業が少し楽になるという程度のちょっとしたアイディアの発明であったために、技術者の感覚での評価は極めて低かったために、国内特許出願のみしておいたものがある。ところが、このアイディアを世界中の競合他社が採用し、この製品事業では当然に装備される事実上の標準となった。この発明を事業部と連携をとって商品価値という視点で評価できていれば、相当の収益が見込まれたのではないかと悔やまれる。 ◆事例[208]海外出願に関する失敗◆ 標準化技術に係わるパテントプールのライセンス料分配は、簡単にいえば、プールされた特許権が存在する国における「(生産数+販売数)×特許権の数」で決まるところ、当社が関係した標準化技術について、メキシコに特許出願していたのは欧州のある企業だけであった。実は、メキシコはアメリカと地続きであるため、重要な「生産拠点」になり得ることに後から気が付いた。その後に、生産拠点はメキシコから中国へと移っていく傾向にあり、この事例についてメキシコは重要でなくなったものの、こうした国には特許出願しておけばよかったと今から思えば悔やまれる。 ◆事例[209]費用対効果という観点を形式的に重視したために失敗◆
海外出願するか否かの判断においては、海外への特許出願による経済的メリットが海外特許出願および権利維持費用を上回ると判断されるか否かを強く意識されてきた。これは言葉でいうのは簡単だが、実際に的確に判断することは難しく、次のような失敗をした事例がある。 ◆事例[217]競合会社が1980年代から中国へ特許出願◆ 中国の知的財産制度の歴史は浅く、色々と不明なことがあったため、基本的に中国へは特許出願しないこととしていた。しかし、日本の競合会社のなかには、1980年代後半に既に中国へ特許出願しており先見の明があった。当社は遅れを取ったと後になってから悔やんだ。 ◆事例[399]痛い目にあって知財部の体制が強化されるジレンマ◆
現在、当社はしっかりした知的財産部を持って活動しているが、20数年前は、「知的財産部」ではなく、知的財産担当者がいるだけであった。「知的財産部」が設置されるに至ったのは、多くの知的財産関連の紛争を経て、その重要性を認識したからである。 ◆事例[461]失敗を活かして標準化に成功◆ 以前、ある製品事業で標準化戦略を重視していなかったために、当社の特許発明が標準に採用されず、ライセンス収入が得られなかっただけではなく、高額のライセンス料を支払うこととなってしまったことがある。この失敗を教訓として、その次世代製品については、当社の技術が標準に取り込まれるように、標準化に精通した大手企業と連携する一方で、標準案の提案前には特許出願もおこなった。結果として、当社の特許発明を標準に取り込ませることに成功し、現在はライセンサーになっている。
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