秋田県 川連漆器

秋田県 川連漆器

産地

秋田県 湯沢市

歴史

 国の伝統的工芸品、川連漆器の産地である湯沢市は、秋田仏壇の産地でもあり、稲庭うどんの里でもある。
 秋になり収穫の時期を迎える頃、この地を治めた小野寺氏の居城した高台から見ると、一面の黄金色の稲穂、これはまるで稲の庭…稲庭の名前の由来である。その地に立つと皆うなずく絶景である。

 今からさかのぼること800年、農業主体の川連村は1年の半分は雪に覆われ、何か副収入を得なければ生活できないほど困窮していた。
 その折、源頼朝の家臣である小野寺重道公が、平氏討伐に出陣し、大きな手柄をたて、この地を支配することになる。
小野寺氏は稲庭に居城し、その弟である道矩は、川連に住まいを移し、農民に内職として武具に漆を塗ることを教えた。漆は藩の計らいで容易に調達でき、また、何よりも自然に恵まれるなど好条件が重なった。
奥羽山脈の山ふところに位置し、雄大な皆瀬川を利用した、栗駒山系のブナの原木が木流しされた。
漆は、当時の職人が豊富な山林に自ら赴いて漆掻きをするという自給が可能であった。

 武具から始まった漆塗りも、やがて江戸時代の後期になり、日用食器としての椀づくりが始まるのである。この頃になると商人も現れ椀師工程絵図も描かれ、いよいよ産業基盤が確固たるものになって行く。
途中、何回も危機に直面し、特に天保の飢鐘、戦後の大不況と大きな危機があり、産地が消滅しかねない状態もあったが、当産地は地道に着実に発展を遂げていった。
昭和31年、稲庭、川連ほか二村が合併して稲川町なり、更に平成17年の市町村合併により湯沢市となった。

 川運漆器の主流は椀であり、6割以上を占めているが、今では幅広いアイテムを開発している。
伝統を守りながらも時代に即応したものづくりにチャレンジし、また、関東を中心として徐々に販路を拡大し、全国に川連漆器の良さが浸透している。

特徴

 何回も繰り返される「地塗り」と「中塗り」を経て塗り立てと言われる「花塗り」で仕上げ乾燥するのが特徴。丈夫で使い易く廉価なため、普段使いに喜ばれている実用漆器である。
お椀などの原材料は、ブナと栃が主。また、重箱などは朴の木を使う。堅牢な下地、中でも「地炭付け」「柿研ぎ」及び生漆を塗る「地塗り」は、代表的な下地工法である。この堅牢さが川連漆器の特徴の一つである。

 二つ目の特徴は、上塗りは塗り立てともいわれる「花塗り」である。これは、ムラなく平滑に漆を塗り、かつ埃もつけないようにするために気を引き締める瞬間でもあり、最も高度な技術を要するところである。

 三つ目は、沈金技術である。蒔絵よりも歴史は新しく、明治からと言われている。
ノミのような沈金カンナで彫刻刀のように押し出すのが輪島に代表される一般的な技術であるが、当地では、手前に引いていわば逆動作をする沈金カンナを開発した。これにより浅彫りが可能となり、繊細で立体感のある沈金ができるようになった。

産地PR・最近の取り組み、課題など

 蔵出し市、川連塗りフェア等地元へ集客しての展示販売会によるPRや市場物産展への積極的な参加によるPRを行い、川連漆器の魅力を伝え、産業振興に努めている。
 近年は、若手グループによる事業活動(チーム匠、五人衆、ミッション21等)によって、若い感性を取り入れた新商品開発に取り組んでいる。

指定年月日

昭和51年12月15日