合言葉は「一社もつぶさず、一人も雇用を切らない」
1807年の創業から、できるだけ地元の食材を使うことで、付加価値を創造することを大切に、醤油や味噌、醤油加工食品など、微生物の力を活用することで、化学調味料や保存料、着色料を使わない食品を提供してきました。味噌や醤油といった発酵食品は、できあがるまでに時間がかかりますし、設備投資の規模が大きいことから新規参入が難しく、60年前には全国に6,000社あったものも、現在は1,100社余りに減少しています。
このような変化があっても、商売を続けて来られた裏には、中小企業が地域を支えていくのだという志をもった仲間たちの存在がありました。私たちは、若者が故郷に留まらず、都会へ出て行ってしまうのは地元に魅力的な仕事、働く場所がないからで、それは国や行政のせいではない。自分たち中小企業者の責任であると考えたのです。そしてリーマンショックのときに「一社もつぶさず、一人の雇用も切らない」を合言葉にして陸前高田で仲間を募り、88社が集まりました。1社では成し遂げられないことでも、連携によって新しい価値が創造でき、補完することで新しい仕事が生み出せる。そんな思いを胸に、さまざまな課題をもち寄っては、金融をはじめとする各分野の専門家を招くなどして勉強会を開いてきました。この人と人とのつながりが、東日本大震災による危機を乗り越えるための底力になったのだと思います。
行政とも直ちに連携避難所に赴き情報を伝達
津波によって、陸前高田のまちは多くのものを失いました。当社も蔵、製造工場が全壊、流失。企業の9割は津波によって流されましたが、企業が再開できなければ、陸前高田市は本当になにもないまちになってしまいます。私たちは、これまでともに歩んできた中小企業だけでなく、国の機関や行政、金融機関とも協力して、震災直後から各々の会社の維持とまちの復旧に取り組みました。そして前例や慣習にとらわれることなく、それぞれができることにまい進しました。振り返ってみると、金融機関とも日頃から決算書をオープンにして課題解決に取り組んできたことで、運命共同体と思えるような信頼関係と絆を育むことができたのではないかと思います。
発災から1週間も経たずに、金融機関および行政の方々とタイアップして避難所へ赴き、救援物資を届けながら倒産防止のチラシを配りました。支援制度ができるまで会社と雇用を維持してくださいということを、なんとか伝えなければと必死でした。自社については、4月の採用予定者の採用を含め全従業員の雇用を維持したまま事業を再生すると決めて、まず役員報酬は全員1年間ゼロ、従業員には「給与は支給しますが、ボーナスは難しい」という話をして、仲間の会社にOEMでつくっていただいたものを販売するところから始めました。給与や新工場の建設などには、銀行はもとより、民間のファンドの力も借りました。ファンドからは総額で1億5,000万円の資金調達をして、その半分を寄付金として頂戴しました。このような形でのご支援や、多くの企業からも応援していただいたことが、当社の今につながっています。

課題の見方を変えてプラス要素にフォーカスする
「神様の1,000本ノック」と呼んでいるのですが、経営の危機はリーマンショック、東日本大震災、コロナと容赦なく、次から次へと訪れます。いまは漁獲量の変化が深刻で、当社の醤油や味噌は、イクラやサンマ、サバなどを加工する際に使われていますので、このまま加工品のための醤油・味噌を製造することだけを考えていたのでは、この先、会社は立ち行かなくなります。そこで、震災直後から輸出を始めたり、直販や飲食店経営にも乗り出しました。さらに、地域に新しい雇用を生み出す目的で、震災の年の9月に会社をつくりました。「なつかしい未来創造株式会社」という起業家を生み出すインキュベーションです。この会社で支援した団体が、NPOも含めて50ほど誕生しました。10年という期限つきで始めましたので、すでに解散しましたが、その最後の作品ともいうべき会社が株式会社醸です。当社は、この会社が運営する陸前高田発酵パーク「CAMOCY(カモシー)」内に、「発酵食堂やぎさわ」と「発酵MARKET」を出店しています。会社の経営はまだまだ大変な状況ですが、あきらめなければ、会社がつぶれることはないと思っています。これまでも資金調達の苦しみは痛いほど味わいましたが、情報をオープンにして、会社の現状と返済計画、将来のビジョンを描き、しっかり伝えることで金融機関からも理解を得られると思っています。資金調達に限らず、自分の会社だけでなんとかしようとするのではなく、連携するからこそ、新しくて強い力が生まれるのではないでしょうか。私が考える会社経営のキーワードは、「連携」です。

このように、私が前向きな思考で物事を捉えられるのは、危機を危機だと思っていないからかもしれません。例えば、よく耳にする人口減少という課題も、「人口が少なくなれば地域資源に余裕ができる」というように、常にプラスの面にフォーカスして考えるようにしています。マイナスの情報に気をとられ過ぎることなく、未来に必要なことを優先して、一つひとつ、実践していくことが重要なのではないでしょうか。
今後のVISION
地元に愛される事業を展開 同時に輸出エリアも拡大
醸造業とは別業態の事業も並行して行ってきましたが、その中でも「CAMOCY」は、コロナ禍の2020年のオープンにもかかわらず、年間13万人の来場者を集める人気スポットになっています。その秘密は、この施設の「地元の方が遠方の親戚を連れて行きたくなるところ」というコンセプトにあるのかもしれません。まず、地元の方々に好きになってもらえるような店づくりを目指したことが、この施設の大きな魅力になっているのだと思います。当社としては、今後も震災で背負った負債の返済を続けながら、来年はヨーロッパで開かれる商談会に出席して、輸出のエリアを地道に拡大していきたいと考えています。

フェニックスのポイント
●一番苦しい局面においても雇用は維持し、従業員とともに事業再生に取り組む。
●日頃から、地域の経営者や金融機関とも連携し、お互いに情報開示を進めていたことで、経営危機に対しても強い企業に。
●危機は成長へのチャンス。経営の危機が次から次へと来る中で、成長領域を見極め、ビジネスモデルを展開。
