青森県有数のタクシー会社として事業拡大
当社は1955年に創業し、青森県弘前市を拠点にタクシーを運行しています。運行台数は県内有数の規模です。先々代の父は、高齢者の運賃を割り引く会員制度「北星ケアクラブ」など独自のサービスを次々に打ち出して売上を伸ばし、青森県タクシー協会の会長も歴任しました。介護保険事業も展開したほか、2018年には既存のタクシー事業者を買収し青森市に進出しました。
私は大学卒業後、旅行代理店勤務を経て、東京のタクシー会社に入社しました。当初は運行管理を担っていましたが、「実際にハンドルを握らなければ何もわからない」と痛感し、業界でサービスNo.1と評される会社で運転手も経験しました。その後、社員教育の質の高さで知られる京都のタクシー会社でドライバー人材の育成を学び、当社に入社したのは29歳の時です。
当初は弘前営業所の運行管理者として、運転手の安全運行をサポートする役割を担いました。やがて青森営業所の立ち上げを任され、「良いサービスを提供すれば、すぐにシェアを拡大できる」と、楽観的に臨みましたが現実は甘くありませんでした。当時、青森市内での当社の認知が低かったこともありますが、当社の目指すサービス提供などの社員教育が既存のドライバーに受け入れられずに離職が相次いだことで思うような運行ができず、当初は月に100万円単位の赤字が続き、撤退の話も出ました。何とか青森営業所の事業を続ける方法はないかと必死に考える中、デイサービス施設の運転手が不足しているという話を聞き、朝夕はデイサービスの送迎を受託して、日中はタクシーを運行するスタイルを導入しました。これを機に契約輸送を拡大し、利益を上げることに成功しました。タクシー業は天候や経済、興行の影響を受けるため、売上の見込みを立てにくい世界ですが、売上を安定して確保できるようになりました。また、利益を重視する観点から思い切って深夜のタクシー運行の停止や日曜日の休日化を行ったところ、結果として働きやすさが向上し、ドライバーの人数も増えていきました。
コロナ禍で挑んだ経営再建
長年にわたり弘前エリアの交通インフラの一翼を担い、また、青森営業所も軌道に乗り始めていた当社でしたが、コロナ禍が経営を見直す大きな契機となりました。コロナ禍では人流がストップし、経済活動も落ち込んだため、当社の経営は大打撃を受けました。特に影響が大きかったのは、売上の大部分を占める弘前エリアで、2020年の売上は前年の半分にまで減少しました。タクシー業の資金繰りは日々の現金収入に支えられているため、財務状況は急激に悪化し、運転資金の確保が喫緊の課題となりました。
幸いだったのは、金融機関とは良好な関係性が保たれていたことです。厳しい状況に陥っても、メインバンクからは状況を良くするための提案をしていただき、とても助かりました。しかし、このまま経営が悪化すれば、融資条件は当然厳しくなります。だからこそ、隠さず、誤魔化さず、現状をきちんと説明することを徹底しました。
当時、雇用調整助成金や日本政策投資銀行の資本性劣後ローンを活用し、苦境を耐えようとしましたが、大きな打開策はありませんでした。そのようなときに、メインバンクからの勧めもあり、青森県中小企業活性化協議会の再生支援を受けることになりました。支援内容は、返済計画の見直しに向けて、複数の金融機関の理解を得るためのデュー・デリジェンス(DD)の実施、再生計画の策定などです。
活性化協議会の支援を受けて、最もありがたかったのは専門家からの助言でした。特に公認会計士の方には、事業をセグメント、サービスごとに分析していただき、利益の出ている部分や、事業同士のシナジーが見込める部分、そうでない部分を明らかにしていただきました。これは自社だけではできなかったことです。タクシー業界は競争が厳しく、当社は売上やシェアの確保のために、安価なサービスメニューを多く提供してきました。そのことが、採算の悪化を招いていたことが明らかとなり、サービス見直しの必要性を理解しました。金融機関との定期的なバンクミーティングを通じて財務状況の報告を行う中で、金融機関からは分析をもとに改善に向けたアドバイスなどをいただきました。これらの支援を受け、創業から70年の歴史の中で肥大化してしまった事業を改め、スリムで筋肉質な企業を目指す道筋がつきました。
分析をもとにした事業の選択と集中
再生の歩みを進める中、2024年に私が社長に就任しました。私の方針はシンプルで、「売上を増やせるものは増やし、出るものを徹底的に抑える」というものです。前社長時代からの経営改善の取り組みをさらに深化させています。特に、父の肝いりで始めたサービス「北星ケアクラブ」は、会員制による固定客の確保に効果がありましたが、専門家による分析で明らかになった数字が、サービスをやめる決断の背中を押してくれました。このほかにも、多くの不採算事業を終了するなど、事業の選択と集中を進めています。長年愛されてきたサービスをやめることで「お客さまが離れるのではないか」という怖さは常にありました。ただ、不思議なことに、実際にやってみると、さほど大きな影響はありませんでした。もともと当社は、サービス面で評価を受けてきた会社です。ドライバー一人ひとりの接客や姿勢が、結果として固定客の確保を支えてくれていました。これは、過去の経営と現場の努力の賜物だと思っています。
今はスリム化と利益の追求を徹底するとともに、青森営業所の立ち上げ時に培ったノウハウも生かし、タクシー利用者数がコロナ禍前の水準に戻らない中でも医療介護施設や企業の運転請負のニーズを捉え、着実に収支を改善しています。おかげさまで活性化協議会からは「卒業」に近い形となりましたが、今後もメインバンクをはじめとする金融機関とは密に連携していくつもりです。
従業員に報い、地域交通インフラを守り続ける
これまでの経営改善により、経常利益も一定確保できるところまで漕ぎつけました。その原動力になっているのは、当社自慢の接客力を持った従業員であり、その従業員に「幸せになってほしい」という思いです。これは、私が29歳の時に入社して以来、全く変わりません。苦境に陥った時も、再生のために従来のやり方を変えた時にもついてきてくれた従業員に報いたいと思っています。
タクシー業界は従来から激しい競争が繰り広げられてきた上に、コロナ禍で大きなダメージを負いました。しかし、こうした経済情勢を受け入れて経営を行い、挑戦し続けることが重要であると思います。今後も従業員たちとともに、地域のニーズに沿ったサービスの提供を通じて、地域経済を支える交通インフラを守り抜くためにチャレンジし続けます。
