社長就任後に発覚した経営危機、まずは現状把握と原因究明を実施
大学を卒業してから株式会社TKPに入社し、2009年に合弁で設立した株式会社TKPプロパティーズでは執行役員を務めていました。その後先代の父親からの声がけで株式会社ビルワーク・ジャパンの社長に就任したのが2018年です。前社で財務経験があったので、自社の決算状況を確認した時に違和感を覚え、原因究明したところ粉飾決算が発覚。元々赤字体質で金融機関に粉飾決算書を提出して運転資金を調達していたようです。メイン行へ相談したところ「財務DDを実施して粉飾決算を全て公表します」と告げられ、とはいえ前に進まなければいけない状況でまず行ったのが「状況把握」です。金融機関の与信を得るためにも、第三者視点を入れる必要があったため、メイン行も信頼をおく外部専門家とチームを組んで、詳細な状況の把握を行いました。
次に行ったのが「原因究明」と「責任追及」です。経営改善、財務改善を前に進めるべく、経営責任を取るためにも前経営陣には退いていただきました。全責任をなすりつけるのではなく、自身の自宅も売却して会社に資金投入しました。もちろん社員にも全てを話して謝罪しましたし、会社に残るか残らないかは社員の判断でしたので、引き止めることはしませんでした。それでもついて行くと言ってくれた社員たちと一緒に、盤石な体制づくりを進めることにしたのです。
風評被害対策、金融機関との関係再構築、再生への第一歩は「徹底した情報開示」
金融機関をはじめ取引先、社員への情報開示も行って信頼関係の再構築を図りながら、外部専門家を招き入れて再生計画に着手し始めました。しかし、取引先などからの風評被害は防ぎきれませんでした。直接やりとりしていてはらちが明かないので、東京商工リサーチや帝国データバンクなどの第三者評価機関に最新情報を公開することで、風評被害を抑制していきました。もちろん金融機関への情報開示は毎月こまめに実行していましたし、内部リソースのみでは難しい部分は外部としっかり連携して信頼できる監査を行いました。
その後バンクミーティングを行ったわけですが、交渉は難航しました。1年ほどかかりましたが、最終的には中小企業活性化協議会の仲介で各金融機関の同意を得ることができました。新体制になってからの誠実なデータ管理と情報開示、経営改善への取組を評価していただいたようです。
経営体質の改善・社内外への情報開示がもたらした現場の機運の変化とは
金融機関や支援機関、経営陣のみならず社員にも全ての情報を開示していましたので、社内からは「今は会社を助けなければ」という機運も生まれてきました。自分が就任した頃は縦割りな組織でしたから、繁忙期に特定の部署が忙しくても自分の部署の仕事をこなすのみでした。それが各部署で助け合うような機運に変化していったことで、業務効率が向上していきました。決して自分が指示したことではないのですが、必死に事業再生に取り組む姿を社員が見ていてくれたのかもしれません。社長としてはそういうモチベーションにはしっかり応えたいので、社員評価制度をしっかり整えた上でちゃんと賃金に反映させるようにしました。
「言いなりではなく判断するのは自分」 支援機関や外部専門家との付き合い方
全てに言えることですが、経営者はどうしても自分だけの考えに固着してしまう部分があります。自分が正しいと思えることは実行すると思いますが、そこに外部専門家の意見を取り入れつつ、自分の軸をもって判断することがとても重要だと感じています。専門家の言いなりになるのではなく、例えば専門家から専門的な知識やアドバイスを頂いたとして、社員に伝わるような言葉に置き換えて伝達することを心がけていいます。あくまで何をどう伝えるかは私が判断しています。
重要なのはルーティンを守ること、経営危機は盤石な企業へと変わるチャンス
2021年に成立した5か年の事業再生計画を達成するために、毎月各金融機関を訪問したり外部専門家からアドバイスを頂いて経営に反映したりしています。アドバイスを頂いたら、必ず自分なりに考えて事業の改善に落とし込んで実行する。そのルーティンを毎月守っていくと自ずと成果も出てきますし、支援者の理解も深まっていきました。この再生局面で注力する点は、まずいかにキャッシュの流出を防ぐか。また、公的支援や補助金、助成金などは、手続きが煩雑と考えてしまうかもしれませんが、公的支援制度があるのであれば活用すべきと感じます。
まずは足元の状況をみて、会社が安定していれば取組の方向は間違っていないと考え、この基盤を盤石にしてそれを守り続けること。外部環境の変化があったとしても、この基盤に厚みを加えていくことで、来る経営危機にも立ち向かっていけると思っていますし、新型コロナウイルス感染症が猛威を振るっていた中で、新たなメディカル事業を一気に加速させることができたことは、まさにそのおかげだと思っています。