バブル期の過剰借入と宿泊者数の減少による減収の影響で債権譲渡
かつて山形新幹線が開通した1990年代のかみのやま温泉には、入湯客が年間67万人訪れていたのに対し、2023年では25万人ほどまで減少しています。観光ブームのバブル期には21億円ほどの借入れがありましたが、観光客数も売上げも多かったことに加え、当時は「売上げの2倍までは借入れがあっても大丈夫」という風潮もあり、過剰な借入れという認識はありませんでした。平成4年には売上げが16億円ほどありましたが、その後は宿泊トレンドの変化もありみるみる減少していきました。売上げが8億円に減少した頃には、多額の借入金がネックとなり、利息の支払いで手一杯で元金の支払いも大変な状態でした。金融機関に追加融資のお願いをして回ったのですが、複数から融資をお断りされました。ただ歴史ある旅館の経営を諦めるわけにはいかないので、金融機関へは事業継続の意思を伝え、債権譲渡を決意しました。
債権譲渡の上で外部経営者を受け入れ、総支配人への全権委任で事業再生へ
売上げと利益を上げることがまず最優先であると考えていましたので、債権譲渡後には外部から総支配人を受け入れて、さまざまな側面から運営の仕組みを刷新していきました。一番インパクトが大きかったのは、当時かみのやま温泉で初めて「バイキング方式」の食事提供を取り入れたことでした。ターゲットを子連れファミリー層に変更したことで、一時期は宿泊客が10倍ほどに増えました。売上げも増加傾向になった時点で、改めて取引のあった金融機関への融資を交渉したものの、やはりどこからも謝絶されてしまいました。そこで中小企業診断士の資格をもつ親族に相談したところ、15年の事業再生計画を策定することになりました。15年計画ですので現会長ではなく後継者である現社長が金融機関などへのプレゼンを行うことになり、それが評価されたことで計画がスタート。前会社を清算する意味でも、そのタイミングで有限会社から株式会社に変えました。
新社長による経営理念・経営方針の見直しと従業員の働き方改革
15年計画がスタートして、現社長が就任してからも赤字に転じるリスクはいくつかありました。そのひとつが財務管理です。当時営業戦略を牽引していた総支配人によりオペレーションの改善は図られましたが、財務内容の改善には手をつけていませんでした。債務も残る中でコンサルタントフィーも高額でしたし、状況も変わってきたタイミングで総支配人との契約を終了させていただきました。そこから本来の新体制による事業再生が始まりました。
まずはビジネスモデルを見直し、コンセプトや顧客構成、売上構成比も細かく洗い出した上で経営理念も作り直しました。それに伴って、旧体制の運営を従業員に寄り添ったものに改変していきました。具体的には、全社員に損益計算書(PL)や役員報酬等の数字を共有したほか、中小企業診断士を講師に迎えて数字の読み方について勉強会を実施したところ、「販売部ではどれくらい売り上げなければいけないのか」「接客部ではこういう取組を始めよう」などと、枝葉の部分まで追求するように従業員の個々の意識にも良い変化がみられました。おかげでスタッフ全員がひとつのチームとして動き始めた気がしました。また、形骸化していた会議の様態も変化していきました。部長たちにより現場の意見を吸い上げる話し合いの場が設けられたり、部長が経営層と情報共有するような会議が生まれたり。普通の会社では当たり前のことかもしれませんが、そもそも会社が経営不振に陥った原因のひとつにマネジメント不足があったために、収益性の追求ができなかったことも考えられます。経営理念や経営方針の見直しと同時に実施したのが、休日を96日から120日に増やすなどの働き方改革です。「心にゆとりのある生活を支援する」という方針で、社員の成長する機会の提供や能力開発の支援も始めました。
強みであるバイキングをリニューアル、地域内外へのプロモーションを強化
新型コロナウイルス感染症拡大に伴う売上げへの影響は大きかったですが、気になったのは従業員のモチベーションが落ちていることでした。よく観察すると従業員の笑顔が少なくなっていたのです。そこでコロナ禍の閑散期を利用して個人面談を行ったところ、引きも切らずさまざまな声があがりました。中には辛辣な内容もありましたが、私はその声を全て受け止めるつもりでいましたし、意見を吸い上げることの大切さも感じました。従業員を守りながらクオリティを上げていかなければならない。そんな時に観光庁の「地域一体となった観光地・観光産業の再生・高付加価値化事業補助金」を活用して、強みであるバイキング会場を少しだけリニューアルしました。オープンキッチンを作ったことで、多くのメディアが取り扱ってくれましたし、従業員一丸となって頑張っている姿は金融機関はじめ地域の方々も見てくれていました。それが疲れていた従業員の励みになりましたし、何よりもリピーターが増えていることで、自分たちの取組が評価されていることを実感できたように思います。コロナ禍で自粛を余儀なくされ再びどん底を味わいましたが、今ではその経験があったからこそ、従業員はもちろん地域内外の支援機関や地域の同業者との繋がりも深くなったと思います。まだ日々成長途上ではありますが、お客様が喜んで帰られる姿を見ると救われますし、絶えずアンテナを高く張りお客様のニーズを捉えることで、さらにサービス・品質に磨きをかけていかなければいけないと再認識することができます。