「旅館ではなく地域全体の再生を目指す」 地域再生ファンドと3旅館一体の再生へ
会津若松の観光を支える東山温泉は、かつて団体客が主流だった頃の集客がピークで、時代に合わせた設備投資もどんどん行っていました。しかし団体から個人への旅行のトレンドが変化した時に対応しきれない旅館は経営に行き詰まりました。私がのちに代表取締役として預かることとなった千代滝・新滝・不動滝の3つの旅館は、いずれも同じように多額の負債を抱えて債務超過状態になっていました。救済に乗り出したのが東邦銀行、日本政策投資銀行、そして投資事業を手がける株式会社リサ・パートナーズが共同で組織した地域再生ファンド「福島リバイタルファンド」です。旅館再生の実績を見込まれて、福島リバイタルファンドから旅館再生のお話をいただいたのが始まりです。私は必ず現場を見に行くのですが、再生可能かどうか、まず注目すべきポイントはハード面です。この3つの旅館はハード面が修繕可能な状態でしたし、まさに東山温泉の中心部にありますから、ここが再生できれば東山温泉という地域全体の再生にもつながるという意義を感じました。
東山温泉のロケーションとお客様の動線などを考慮すると、3旅館が競合するのではなく連携することでこれまで見えなかった魅力が引き出せると感じました。改めてハード面に目を向けると、リニューアルした新しい客室をはじめ、各館それぞれの設備の個性を活かすことができる。また温泉を共有できるなど、3館一体での再生によってシナジー効果が生まれる可能性も見えました。コンセプトを見直し、客単価も上げて利益向上を図る。これらを再生計画に落とし込んで、地域再生ファンドとともに再生をスタートさせました。
顧客満足度向上を最優先としたサービスの選択と集中、そして利益の追求
宿泊業に限らずありとあらゆる産業で日本がよくないと感じる部分が「何でもやりすぎて収益率を落としている」ことです。人口減少の市場の中でとにかく事業を広げて売上げを向上しようとするよりも、まずは単価や利益率を上げるべきだと思っています。不要な施設の閉鎖とともに、必要な部分には集中投資する。インバウンド獲得のために何かをするのではなく、日本特有の文化や質を守ることで付加価値を高めていく。
会津の美味しい日本酒を会津の漆器で提供したり、美味しいお米の季節になれば貴重な天然の山菜づくし料理でおもてなしをしたり。地元の食材や地域文化を徹底的に活かしたおかげで、単価をあげても満足度は落ちることなく、むしろクチコミの数字はどんどん良くなっていきました。地元の人の多くは地元の地域文化の良さに気づきにくいものですが、時に第三者の目も活用して客観的な目線を取り入れて自らの強みを把握することが重要です。事業再生にあたっては、職員の困りごとをはじめとして他者の意見を拾いあげることを心掛けました。自らの価値基準を持った上で周囲の声をインプットし、判断していくことが経営者として必要なことだと思っています。
高単価のサービスを支える人材育成と組織文化の変革の必要性
利益が上がってきたらそれを施設やサービス改善に投資します。そして旅館の運営で最も大切なのはスタッフです。既存の立地やハード面の改善は難しいですが、人は変わることができます。例えば私たちの旅館には専属の施設修繕チームがあって、ちょっとした設備修繕から部屋のリニューアルまで内製化していますので、かなり経費を削減しています。施設修繕チームのメンバーも、忙しい時は接客に入りますので、マルチタスクをこなしています。宿泊客の満足度を上げるのはスタッフですので、休暇を増やして給与を上げることにも注力してきました。研修機会の提供も積極的に行っていますので、従業員の満足度が高まり、それが良質な接客につながっていきます。
再生計画の完了後に襲いかかった大震災、避難者の受入れによって組織風土が醸成
2009年に再生計画が完了。新たなブランディングも根付いて東山温泉内でも人気宿に成長しつつあった時期に、東日本大震災が起こりました。幸いにも甚大な被害はなかったため、困っている方への貢献、また経営的な観点も含め、発災直後は無償で旅館を開放して温泉と食事を提供しました。そこで社員が一つになってがむしゃらに働いてくれました。避難者の方々からは大きな感謝をいただきましたし、通常営業では得られない結束力が高まったと思います。
東日本大震災や新型コロナウイルスといった大きな外部環境の変化があっても、事業再生の中で取り組んだ「サービスの高付加価値化」の方針がブレることはありませんでした。利益を生み出す流れが事業再生に取り組む中で確立できていたからこそ、旅行控えの終わりを見通して、従業員の研修や設備投資に取り組むことができました。
何か危機に面した時には、以前の状況に戻すことだけを目標とせず、「消費」でなく「投資」により、将来に向けた再構築が必要だと思います。ただでさえ自然災害の多いこの日本においては、平時から常に危機への対応を想定すること、改善することが重要でしょう。
なお、経営者が一人ですべてをこなすことには無理がありますから、従業員の能力を活かす仕組みづくりや環境形成が大事だと思っています。